ロッケン的デザインスコープ 「工芸品のデザイン」篇

2023.04.14

~赤くないアカベコについて考えてみた~

◎人気のきっかけ

会津地方の郷土玩具「赤べこ」。全国的にも認知度バツグンで言わずと知れた福島県の伝統的工芸品である。牛の鳴き声である「べぇー」と、子供や愛称を込めた対象をさす「こ」で「べこ」。方言で牛のことだ。赤色は呪術的な意味で病気を退散させる古くからの民間信仰が関係しているらしい。首の部分が動くように設計されていて、ちょこんと触れるだけでゆらゆらと愛らしい動きをする張り子人形だ。赤い牛伝説のほか、その起源には諸説ありそうなのでここでは詳しく掘り下げないが、伝説の発祥は柳津町、張り子としてスタートしたのは会津若松市というのが定説のようだ。私の母は会津生まれで地元愛が強く教育熱心な人だった。夏休みの帰省の度に幼い私を歴史的な場所に連れ回し、白虎隊、日新館、お隣り猪苗代町出身の野口英世先生の魂を注入されて育った。楽しそうにしていない私の表情を見て不憫に思ったのであろう。祖母が赤べこを与えてくれたのである。首をタッチする力加減や方向によっていろんな表情をする振り子に夢中になり、勝手に台詞をつけて寸劇をやっていたらしい。

◎会津とつながっているクリエイターとなら新しい赤べこづくりに可能性を感じる。そう早川さんは力強く語ってくれた。「金無地べこ」(製作:野沢民芸)

もともとこの地には子どもが生まれると魔除けや健康を願って赤べこを贈る風習があったが、お土産として人気を博したのは昭和36年丑年の年賀切手に赤べこが採用されたことがきっかけだと、荒井工芸所六代目の政弘さんが教えてくれた。当時の日本は高度経済成長期、旅行客も右肩上がりで観光新時代を迎えた頃である。会津に訪れる観光客はこぞって赤べこをお土産として買い求め爆発的な人気商品になったと聞いた。最近ではファッションのセレクトショップや、カプセル玩具メーカーとのコラボプロジェクトで人気が再燃。そこにコロナ禍による疾病を防ぐお守りとしてみんながこぞって買い求め、さらに2021年丑年が重なって多くの生活者が赤べこに思いを託した。今でも製造が追いつかないほどの人気ぶりだと野沢民芸の早川さんも口を揃える。

◎人気のきっかけになった昭和36年丑年のお年玉郵便切手。荒井工芸所製の赤べこがモデルになったらしい。(協力:荒井工芸所)

◎牛のキャラクターってどう?

長くクリエイターを続けていると「キャラクターをデザインしてください」というオーダーに遭遇することがある。決まって「みんなから愛されるかわいいキャラクターにしてください!」と笑顔で頼まれる。だがこれは相当にむずかしい注文なのである。世の中で人気キャラクターのほとんどは、ひとりの人間の手描きの線による芸術だ。科学的に説明できない感性が作品の出来栄えを左右するものと信じている。試しに皆さん、「みんなから愛される牛のキャラクターを描いてください」というお題が出たら、どんな牛をデザインしますか? おそらく多くの方が頭を悩ませるにちがいないと思う。私の個人的な意見だが、実際には怖かったり少し気持ち悪いと感じてしまうクマやネズミにはかわいいものが多い。恋愛心理学のゲイン・ロス効果同様、いわゆるギャップ萌えだと勝手に解釈しているが、そんなある日、東北のクラフト製品を扱うセレクトショップで衝撃的な出会いがあった。それが「モノクロベコ」である。

赤じゃなくて文様もないデザインは、そのフォルムだけでたちまち私の好きな牛キャラクターNO.1の地位を獲得した。これをきっかけに「赤くない赤べこ」についての可能性に興味が沸騰し、今回のロッケン的デザイン視点で探ってみたいと強烈に思った。

◎私の好きな牛キャラクターNo.1に輝いた「モノクロベコ」(デザイン:リドルデザイン/製作:野沢民芸)

◎ 巨匠サルバドール・ダリの作品を約340点所蔵するアジアで随一のダリ美術館「諸橋近代美術館」。ここのミュージアムグッズ「ひげべこ《タキシード》」は、オンライン発売(100体)すると、40秒で完売してしまう大人気商品だ。デザインはこちらに勤務する牛尾友彦さん。グッズをきっかけにもっと美術館を身近に感じてほしいという願いが込められている。(販売:諸橋近代美術館/製作:野沢民芸)

◎ こちらも同じく「ひげべこ《シュルレアリスム》」。美術作品は作家の死後70年著作権によって守られているため、ダリ(1904年~1989年)もその権利の対象となっている。そのため様々な工夫をしながらオリジナルグッズの製作・販売をしているとのこと。他にも地域との民芸品コラボは中ノ沢こけしの「ひげこけし」や会津型扇子など、8年前から取り組んでいるらしい。気になった方は、ぜひ会津磐梯高原に佇む美しい美術館に足を運んでほしい。(販売:諸橋近代美術館/製作:野沢民芸)

◎最初につくったのは誰なんだろう

思い返すと、2次元の牛キャラクターとしては気に入ったものがなかった。でも3次元に視野を広げたら赤べこはその形、かわいさにおいて秀逸ではないかと「モノクロベコ」に気づかされたのである。遡っていちばん最初に牛というモチーフをデッサンし首を振ったらかわいいと発想した、赤べこの原型を生み出した人の感性がすごい(どなたかは不明)。もしかすると張り子のベースとなる木型職人がその発明者かもしれない。自動車をデザインする際にスケッチをもとに実物大の模型(モックアップ)を製作するカーモデラ―をご存知だろうか。かつてスーパーカーに憧れた男の子限定的な感覚かもしれないが、かっこいい自動車にはカーモデラ―(かつては木型職人)の存在が欠かせない。彼らはあらゆる魅力的なカーブ

◎ このボディこそ発明者の傑作。先代から引き継いだ木型は100種類以上ある。宝物だと早川さんが教えてくれた。(協力:野沢民芸)

◎ このボディは少し角張っているところが特徴。やはり先代の傑作だ。素材は朴木で長く使用できるように油を塗布していたらしい。(協力:荒井工芸所)

をノミやヤスリを操り、手による微妙な技を連続させながら全体のフォルムをつくっていく。まさしくゴッドハンド、赤べこの最初の木型職人はこれに近いのではと思う。自動車はその後、工業用粘土であるクレイモデルに代わりさらにいまでは3DCGで原型を製作しているが、赤べこの業界も同じような経路を辿ったらしい。

 

◎伝説の郷に潜入

福島県柳津町役場 地域振興課の芳賀さん、やないづ張り子工房Hitaritoの伊藤さんを訪ねた。この地にある福満虚空藏菩薩圓藏寺(以下圓藏寺えんぞうじ)が、西暦1611年に会津地方を襲った大地震で大きな被害を受けた。本堂の再建は防災のためにさらに高台に建てられるが、川から木材を巌上に運ぶのに大変困り果てていた。その時どこからともなく力強そうな赤毛の牛の群れが現れ、木材運搬に苦労していた黒毛の牛を助け、見事、圓藏寺菊光堂を建てることができた。この赤毛の牛のことを「赤べこ」と呼び、忍耐と力強さ、福を運ぶ牛の象徴として多くの人々に親しまれるようになった。これが柳津の「赤べこ伝説発祥の地」の由縁だ。町は観光コンテンツとして「赤べこまつり」ほか魅力的な取り組みにチャレンジしている。中でも注目は町のあちこちに点在する大きいFRP製の「赤べこ家族」5体の存在だ。年に数回だけ家族が集合するタイミングでは全国から赤べこファンで賑わうらしい。イベントやフェス向けにPR大使としてレンタルのリクエストにも応じているという。さらには赤べこ・張り子製作の新工房が2023年2月よりスタートした。主宰する伊藤さんは「新参者だけに新しいフォルムやモダンデザインの可能性を追及していく」とやる気満々だ。赤べこ界のニューウェーブとしてその活躍に期待が膨らむ。

◎柳津町では巨大な赤べこが歓迎してくれる。町内のあちこちのポストの上にちょこんとのっているべこがかわいい。

◎ 柳津町内に生息?する「赤べこ親子」を紹介します。左から父の福太郎、母の満子、長男のもうくん、長女のあいちゃん、そして最近仲間入りした次男のやなぎまるは、柳津駅構内でお客さんの安全を見守っている。

◎デザインがひろがっていく

今回の取材を通して真っ先にあることに気づいた。それは人気や知名度はあるのに、作り手が少なくて需給のバランスが上手くいっていないと感じたことだ。これを解決するには時間が必要だし簡単なことではないが、史実を整理してもう一度文化としてどのように広めていくのか、そのプロセスを再設計することが望ましい。順序としてはこうだ。先ず福島県の小学校で図画工作の授業に赤べこづくりを採用してもらおう。(各機関や団体との交渉ほか、ハードルが高いことは承知の上で)生徒個人の願いに絵付けをしてもらいその楽しさや地域の文化に改めて触れてもらう。県内全ての家庭の子供机には、その時自分の願いを込めた赤べこがある状態をつくろう。文化の再発見で裾野を広げファンを増やし地元からもう一度見直したいのだ。「最近、お小遣いを貯めて買いに来てくれる子供たちが増えて、うれしくて涙がでる」という微笑ましいお話を荒井工芸所さんで伺った。このきざしは子供たちの間で、もっと人気になる可能性を感じるし追い風となるはずだ。次に柳津町役場の芳賀さんに教えていただいた「十三講詣り」の存在が気になる。古来より数え年十三歳に成長した男女が、成人の儀礼として正装して圓藏寺へ参拝する伝統行事があると聞いた。十三歳の厄災を払い、知恵を授けていただけるよう祈願するらしいのだ。今ではお参りの後で「赤べこ・絵付け無料体験」というオプションメニューが人気らしい。親の気持ちで考えてみれば、七五三を済ませると成人式まで親子の伝統行事としては空いてしまうことになる。毎年の初詣はするにしても、多感な時期に親が納得のいく願い事をしないままというのは少々不安でもある。そこに『十三講詣り』+『赤べこ・絵付け無料体験』というメニューはぴったりはまると感じた。小学校六年生といえばこれから中学生という伸び盛りを迎え、中学受験を控えているお子さんもいたりと、親としての心配事が四六時中ある時期。圓藏寺に参拝し12歳の自分の願いを赤べこの絵付けに込めるという体験は、子供にとって忘れられない志の記憶になるにちがいない。「知恵の授かり式」というサブネーミングを加えて、「12歳の大志を刻もう。」なんていうキャッチコピーの誘い文句で、もっと全国的に売り出したい。

一方で赤くないべこのプロダクトデザインとしての可能性はどうか。個人的には近隣の会津本郷焼と手を組んで、風が流れると首が動いて心地よい音を奏でる、浅葱色で陶器製の風鈴べこ「空飛ぶアオベコ」をつくってみたい。他にも仕事モードの時は1秒毎に首を縦に刻み、オフモードの時はだらりとフリーな首になる、そんなシルバーカラーの「ベコ時計」もほしい。まだある。スピーカーに連動するヘッドバンギングする黒いベコ「メタルベコ」。自分の部屋に10体並べて大音量で出力したらそこはライブハウスに変身するだろう。「色」というものには意味やイメージ、心理的効果が備わっている。しかも無数にあるとさえ思う。「赤くない」を選択するとその可能性は無限大だ。そこに「幸運を運ぶ牛」「厄除け、魔除けのお守り」「健康長寿の象徴」、長い年月をかけて確固たる赤べこのイメージ資産を掛け合わせたらどんどんアイデアが膨らんでいく。例えば企業であればビジョンを達成したい気持ちは同じ。その願いの象徴としてボディに企業ロゴを配置し、コーポレートカラーでオリジナル「カイシャベコ」なんて人気商品になりそうだ。

また首を縦に振ってくれる性格は「自己承認欲求」のリアル版だと常々感じていた。「オレはできるのだろうか?」と問えば、「もちろんさ!」と優しく頷いてくれる。なりたい自分になるために、日夜努力している自身の肯定感とモチベーションを高めてくれる相棒のような存在になり得る。スキルアップやシェイプアップ、スポーツ、楽器、美容にいたるまで、なりたい自分の欲望をべこのボディにグラフィック化すればかなりのラインナップが揃う。この「Desire Beko」は、言語の壁を超えているプロダクトデザインだから、様々な国籍のZ世代にもウケると勝手に確信している。また柳津で見た町内に点在するFRP製の「赤べこ家族」の存在も気になる。牛だけに屋外フィールドが妙にしっくりくるのだ。現代美術家や人気のイラストレーター、ファッションに至るアートとも相性がいい。国内でも地域の芸術祭が盛んだが、アーティストを招聘して里山で楽しむアートを実現してみたい。数年経ってコレクションが増えたら「AKABEKO ART PARK」のオーブンだって夢じゃない。アートコレクターは世界中にいるからインバウンド増もねらえるかもしれない。

このように文化としての赤べこを「伝統的工芸品」としてもう一度世の中に浸透させるプロセスと、赤くないことで「革新的工芸品」としての拡張を模索していくプロセス。少し長い道のりになりそうだが、ふたつの時間をデザインする実験は未来を見つめ直すために必要かもしれない。「赤べこ」は「アカベコ」となって「AKABEKO」になってほしい。不寛容な現代社会に人に寄り添ってくれるパートナーとしてのポジションを、勝ち取れる予感がしてならないからだ。

ロッケンは、「東北をもっとおもしろくする」活動をひろげています。もちろん今回のテーマである赤べこのような工芸品の魅力や価値についても、再発見をしながら盛り上げていきたいのです。どなたかこんな野望をいっしょに取り組んでくれる方はいらっしゃいませんか?

東北6県研究所 研究員 岡本有弘

◎ メタリックカラーで凹凸のテクスチャー美しい「アイアンべこ」。
赤べこづくり60年の野沢民芸は、従業員25名(27歳~85歳)で最大規模の工房だ。(製作:野沢民芸)

◎ 赤の差し色加減が絶妙なデザイン「開運べこ」(製作:野沢民芸)

◎ NHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公新島八重をイメージした「ハンサム・ブロッサム」(製作:野沢民芸)

◎ この吉祥文様は結婚祝いにぴったり「青海波べこ」(せいがいはべこ/製作:野沢民芸)

◎ 明治6年創業で最も古い工房である荒井工芸所。目の覚めるようなブルー「めたりっくべこ」(製作:荒井工芸所)

◎六代目の政弘さんは幼い頃からなぜ赤色ばかりなんだろうと思っていたらしい。私と波長が合った瞬間だ。「めたりっくべこ」(製作:荒井工芸所)

◎これは独特の存在感があるべこ。自然の色も良く似合う。「柿渋べこ」(製作:荒井工芸所)

◎ 柳津の新工房伊藤さんのべこ。現代らしさを追い求めたら、より丸いボディが特徴となった。「モダンべこ」(製作:やないづ張り子工房Hitarito)

◎鉄ちゃんにはたまらない逸品。2022年10月1日のJR只見線全線運転再開記念として製作された、車両ボディカラーのべこ。(限定非売品/
製作:やないづ張り子工房Hitarito)

◎「赤茶べこ」「深緋(こきあけ)べこ」「中紅花(なかくれない)べこ」の3姉妹。この工房の赤は、日本の伝統色にこだわっている。(製作:やないづ張り子工房Hitarito)

◎ 私が遭遇した赤の中ではいちばん前衛的なべこ。大人気商品でこれはもう怪獣だ。「張り子ケルベコス」(製作:荒井工芸所)

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◎取材・撮影協力(順不同/敬称略)

  • 有限会社リドルデザイン 塚本太朗様  TEL.03-5926-5511 www.riddledesign.cc
  • 有限会社荒井工芸所 荒井政弘様 TEL.0242-24-0020  https://warabi-akabeko.com/
  • 野沢民芸品製作企業組合 代表理事 早川美奈子様 三留一雄様 TEL.0241-45-3129

https://nozawa-mingei.com/shop/

  • やないづ張り子工房Hitarito  伊藤千晴様  https://www.hitarito.com/
  • 公益財団法人 諸橋近代美術館 広報 久納紹子様 総務部 牛尾友彦様

TEL.0241-37-1088  http://dali.jp/ ※只今、冬期休館中〈2023年4月20日(木)から開館〉

※詳しくはホームページをご確認ください。

  • 福島県柳津町役場 地域振興課 観光商工係 副主査 芳賀貴様  TEL.0241-42-2114

https://aizu-yanaizu.com/

  • JR只見線管理事務所 TEL.0242-93-5155(平日8:30~17:15)「只見線ポータルサイト」

https://tadami-line.jp/

(上記は2023年3月時点の情報です)