ロッケン的デザインスコープ「花見のデザイン」篇

2023.05.10

秋田県『ゆり高原ふれあい農場』の桜並木で、新しい花見について考えてみた

◎桜のパレード

日本人は桜が大好き。とりわけ東北に住む人たちにとっては、厳しい冬から解き放たれる格別の瞬間だ。日差し、空気、匂い、五感で全てを吸収し、花見を開き酒を酌み交わして、春が訪れた喜びをみんなで分かち合う。「さくら」の語源には諸説あるが「さ」は「サ神」田んぼの神様、「くら」はその神様の居場所である「御座」を意味する。つまり田んぼの神様が宿る木で「さくら」。この説が豊作を願う東北には似合っていると思う。一般的に欧米人はバラ、チューリップなど、ひとつひとつが自己主張をする絢爛豪華に咲く花を好む傾向があるらしい。個人や自由を重んじる単体としての美である。一方日本人は、桜、藤、萩のように全体の調和美を好み、古くから歌に詠まれ「誕生」「人生・死生観」「諸行無常」を重ねる。ここから想像できる欧米人と日本人の国民性の違いには皆さん納得がいくだろう。

これまで東北中の桜の名所を観てきた。その美しさに出会うたび、東北に住んでいる幸せを感じてきた。また私はクリエイターとして色を扱う場面も多く、微妙な色の変化に敏感だ。個人的な感覚として北上するほど少しずつピンクの色が濃くなっていく。これは紅葉についても同じだ。日照時間、寒暖差、土壌、木の栄養分など条件の違いだと推測するが、首都圏で観る桜よりもピンクのグラデーションが圧倒的に美しい。山の緑も同様だ。ひとつ山を越えるたび、県境を越えるたび、春の緑が多彩であることを認識する。山全体がひとまわり大きく膨らみ音響を発するかとさえ感じてしまう。そんな中でもこの季節になると真っ先に映像として浮かび上がる場所がある。それが秋田県『ゆり高原ふれあい農場』の桜だ。20年以上前のこと、私はあるクルマ会社のクリエイティブを担当していた。フラッグシップカーと桜というカップリングがテーマのスチール撮影の仕事だった。角館の天然記念物である枝垂桜や千秋公園をはじめ、大潟村菜の花ロードの桜並木など秋田県には桜の名所は山ほどある。あちこちロケハン(撮影のための下見)を続け、地元の方に教えていただいたおかげで辿りついた場所が、そこだった。私は一発で惚れ込んでしまいロケ地をここに即決した。どこまでも広がる緑の牧草地に、白い柵が遊歩道沿いに曲線を描き、そこをなぞるように均等に配置された桜の巨木、紺碧の空、彼方に独立峰の鳥海山。まさに「風光明媚」の東北代表として私の眼前に現れたのである。これほどのスケールで魅了される場所は東北では見たことがなかった。日を改めて本番の早朝、当初私の撮影イメージは、散策路にクルマをセットし、桜吹雪によってそのボディに程よい数の花びらが積もったところで、ダイナミックなクルマボディを手前からローアングルでねらう。少し奥に桜の巨木、その先に鳥海山という構図で決まっていた。ザ・ジャパン!という写真だ。ところがである。これがどうもうまくいかない。カメラマンが持ち込んでいるどのレンズを選んでも、被写界深度(ピントを合わせた部分の前後のピントが合っているように見える範囲)がうまくいかないのである。クルマの迫力を追求すれば、桜の巨木や鳥海山を諦めたような写真に仕上がってしまう。つまり要素の何もかもが想定以上にデカいことがその原因だ。そこで私はあっさり逆の判断をした。全景の中にクルマを溶け込ませる作戦だ。連なる桜パレードの中にクルマを潜り込ませ、素晴らしい1枚に仕上がった。

散策路をどこまでも続く桜のシャワー(2023年4月13日撮影)

コロナ禍で抑制されていたせいもあって、今年は花見が異常に盛り上がっていた。もし花見に行くとしたら、私はどこを選ぶのだろうと巡らせてみた。やはり『ゆり高原ふれあい農場』に行きたいと思う。でもあの地で花見ってどんな雰囲気になるのだろう。そもそも花見って飲み会の口実じゃないかとか、そうなると花の美しさとほぼ関係ないじゃん。などと漠然と妄想しているうちに新しい花見のカタチや、花見ビジネスの可能性についてがぜん興味が湧いてきた。 『ゆり高原ふれあい農場』をイメージして 今回のロッケン的デザイン視点で探ってみたいと思う。

ブルーとグリーンとピンク。この3色は草原の朝というビタミンで活力を与えてくれる(2023年4月13日撮影)

ここの桜は天に向かって咲き誇り、誕生をイメージさせる元気で底抜けに明るい桜だ。さぁこれで一句(2023年4月13日撮影)

◎巨木の桜、誕生の理由

桜の名所であると大声で謳わず、PR不足ではと感じていた私は、早速『ゆり高原ふれあい農場』の指定管理を担当している由利本荘市 由利総合支所 産業建設課を訪ねた。三保さん、加川さん、そしてすでに定年を迎え引退されている、農場の元場長だった完治(かんじ)さんの3名にお話しを伺った。秋田県由利地域は、鳥海山麓と出羽丘陵に広がる豊富な草資源と清らかな水があり、美味しい牛肉を生産する自然環境に恵まれていて、畜産振興のために昭和30年からこの牧場の開拓がスタートしたらしい。やがて肥育農家の優れた技術と情熱でブランド和牛「秋田由利牛」が誕生し、現在もその飼育が受け継がれている。そして桜並木は昭和40年代後半に牧場を観光地化させようと、場内の散策路沿いに植えたのが始まりらしい。平成3年からは地元の由利中学校の卒業記念に生徒ひとり1本植えることが恒例行事となり、平成13年まで続いたという。この年でストップした理由はもはや植える場所がなくなってしまったから。当時の卒業生が毎年平均200名と聞いたので、トータルで約2000本が追加された計算となる。その後は手入れと管理継続のむずかしさから減少してしまったが、今もなお約1000本の桜が元気に春を迎えている。ちなみにここの桜は大きいもので高さが約15mにもなる。この大き過ぎる桜の謎を完治さんに質問してみた。『あれはよ、牧草地の生育のためによ、堆肥をせっせと撒き散らしたもの、桜の木もいっしょにおがってしまってはぁ』と答えてくれた。つまり牧草地のために撒いた堆肥のおかげで、想定外に桜の木がどんどん大きくなったらしいのだ。これには笑いながら納得してしまった。山の奥地でもなく、日陰もないあの場所ならすくすくと伸びていったにちがいない。現在は地元の方が花見を楽しむ程度で、観光客を迎え入れるようなスポットにはなっていない。以前はいろんな取組みにチャレンジしていたらしいが、今では満開時期のイベントもなく、ここにも人手不足、人口減少問題が影を落としている。

元場長の渡部完治さん70歳。この方が桜を巨木にした張本人。平成17年の「秋田県枝肉共励会」において、完治さんが飼育した「秋田由利牛」はグランドチャンピオンに輝いた。市の公共牧場としては画期的な受賞で、新嘗祭に招待されたらしい。

「ゆり高原ふれあい農場」は 標高200m、121haの広さだ。ここで飼育されている「秋田由利牛」は和牛界の刺客という異名をもっている。

◎花見デザインの道

海外から見た日本の花見についての意見が興味深い。「屋外や公共の場でお酒を飲むことが禁じられている場所が多いから、日本のお花見はかなり衝撃的だ」「シャイだと思っていた日本人が、どんちゃん騒ぎする姿に驚いている」「日本の桜は信じられないほどきれい」「お弁当という文化が羨ましい」「日本のお花見に憧れる」。これはほんの一例だが、ヒントがたくさん詰まっている。新しい花見のデザインを考えるとき、日本人向けに新しいアイデアを生み出せたとしても、どうも盛り上がりに欠ける気がしてならないのだ。基本的に家の近隣で花見をする人が多いこと。旅行に出かけるにしても国内には桜の名所も多く、行先がほぼ決まっていること。そして決定的な理由が、見頃が短いうえ、ぎりぎりまでそのタイミングがわからないため予定を立てにくいこと。この「見頃」という希少価値を海外からの訪日客をイメージして考えてみたい。ジャパネスク、逆輸入で新しい花見デザインを考えてみよう。

奥に牛舎が見える光景は、不思議な和洋折衷のビジュアルだ。(2023年4月13日撮影)

◎デザインがひろがっていく

先ず最高に美しい映像を準備しよう。4K以上の高画質なアーカイブを2種。ひとつはいろんなアングルでドラマチックな桜の瞬間を切り取ったタイプ。もうひとつはタイムラプス(同一アングルで静止画を一定間隔で撮って、動画にする撮影技法で、パラパラ漫画のようなもの)で、開花から散るまでのプロセスを収録したい。これは早送りで編集した作品を用意しておいて、日本人のマインドやルーツのようなものを訪日客に理解してもらうためにも見てほしいのだ。ふたつの素材はこの地の観光PRとしての目的はもちろんだが、最近だとコロナ禍の影響で海外や遠方のロケがむずかしくなったことで注目を集めている「LED WALL」(大型のLEDビジョン)を使用した合成目的の素材にもなる。通常の合成は人物をグリーンバックで撮影し、別素材の背景とコンピューター上で合成というスタイルが主流だが、大きなスタジオで「LED WALL」を背景に映しながら、人物との一発撮りが可能になったのだ。いま、VFX(視覚効果)、CM制作の現場でも急激に増えている。日本を代表する美しい桜の記録は、この種のレンタル映像にも大いに期待がもてる。また花見時期が予想以上にずれてしまった年のイベント対応用ビジョンにも使える。とはいえSNSやメディアで発信できる素材のスタンバイが最優先だ。次に花見のメイン、飲食のサービスに移ろう。この地は広大ゆえ夜のライトアップは考えにくい。そして断然朝の時間帯が心地よい。「サクラ浴の朝食会」というタイトルで、散策路を1時間歩きながら桜を全身で浴びてもらう朝活の要素を入れよう。戻ってくると牧草地にテーブルと椅子がセットされている。そこで提供されるのが、紙製三段お重の「おまかせ花見弁当」だ。何しろこのエリアは食材に恵まれている。秋田由利牛、ジャージー牛乳、フランス鴨、山菜、さらに日本海が近く海の幸は豊富だし、秋田だからお米だって抜群に美味い。地元で人気のシェフに旬にこだわって腕を振るってもらうのだ。食べ終わった紙製三段のお重デザインは、きれいに畳んでコンパクトにして処分可能。機能的な日本の様式美もPRしたい。朝食をすませると植樹の時間だ。植樹エリアをどのように整備するかは協議、準備が必要だが、ぜひサービスメニューに加えたい。ここで植樹した訪日客は必ずリピーターとなるだろう。毎年訪れるたびに「由利サクラオーナー」として、自分の桜の生育はかなり気になるはずだ。もしかすると何代にもわたって訪れてくれる可能性だって膨らむ。最近よく「交流人口を増やす」という文面に出くわすが、言い換えると「来なければならない必然をつくる」ことだと思う。植樹の別案として「由利インターナショナル俳句会」もおもしろい。今や俳句は「HAIKU」として世界約70ヵ国、200万人以上の愛好者がいる。さすがに日本語の17音節にこだわっている日本通は限られるが、ざっくり3行詩の母国語で自由につくって楽しむ愛好者が多い。一瞬をとらえて、そこに隠されている精神の結晶化というシンプルな芸術性が人気の理由らしい。おそらくその「HAIKU」作品は、私たち日本人が気付かない新鮮な視点にあふれている傑作が多いだろう。これを日本を代表する選者に講評してもらえたら、生涯忘れられない思い出になるにちがいない。

放牧牛はすっきりとした脂にするために、秋田県産飼料用米で育てられている。

前向きな妄想ばかりが先行したが、「サクラ浴の朝食会」を実現するためにはかなりの覚悟が必要だろう。先ず場内の手入れと整備。人手不足に対応するために全国からボランティアを募集し、理解と協力を得る必要がある。そして花見時期の風、雪、雨、寒さを想定して簡易的なビニールハウスや、食べ物のハラル対応、野生動物の対策など、考えることは他にもたくさんあるだろう。しかし私は、これらの困難を乗り越えてでも実行する価値がある桜の名所だと信じている。いつの日か世界中から「一生に一度は観たい桜」に選ばれてほしい。

最近、江戸後期の浮世絵師「葛飾北斎」(北斎戴斗)の「桜下美人図」という、これまでに存在が知られていない肉筆画がアメリカで見つかった。北斎は日本では考えられないほど海外で注目されている。その背景にあると思われるのは彼がヨーロッパの絵画に「ジャポニスム」(日本趣味)として影響を与えたことや、アメリカの雑誌『ライフ』が1998年に発表した「この1000年で最も偉大な業績を残した100人」に日本人として唯一選ばれたこと。中でもイギリスでは「世界で最も人気のある芸術家の一人」と絶賛されている。新しい花見のデザインも北斎のように、海外で再評価され、逆輸入で日本人に斬新なブームを巻き起こしたい。

一年に一度、花見をすることで自分の人生を見つめ直し、この先の生き方を想像してみる。桜を日本人のように「誕生」「人生・死生観」「諸行無常」を喩え重ねる。「サクラ浴の朝食会」はそんな一日だ。自身と向き合う花見習慣は、日本の精神文化に関心が高まっている海外のインバウンド向けに響くだけではなく、グローバルに通用する文化になり得ると信じている。日本人が桜に抱いてきた感情や価値観に光を当てて、新しい花見デザインに東北中がチャレンジしたら、もっと強いインバウンドコンテンツとして未来に残せるはずだ。

ロッケンは、「東北をもっとおもしろくする」活動をひろげています。もちろん今回のテーマである今までにない花見の魅力や価値についても、再発見をしながら盛り上げていきたいのです。どなたかこんな野望をいっしょに取り組んでくれる方はいらっしゃいませんか?

東北6県研究所 研究員 岡本有弘

取材当日、農場近くで遭遇した特別天然記念物ニホンカモシカ。かなり長い時間、私と見つめ合っていた。

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◎取材・撮影協力(順不同/敬称略)

  • 由利本荘市 農業委員会事務局 農政班 班長 三保敦様 TEL.0184-24-6259 www.city.yurihonjo.lg.jp
  • 由利本荘市 由利総合支所 産業建設課 農林水産班 主査 加川長太様  TEL.0184-53-2114
  • ゆり高原ふれあい農場 元場長 渡部完治様
  • 「ゆり高原ふれあい農場」秋田県由利本荘市黒沢字東由利原4-1  TEL.0184-53-2211

◎お問合せ先

◆由利本荘市 由利総合支所 産業建設課 秋田県由利本荘市前郷御伊勢下4ー1 TEL.0184-53-2114

◆由利本荘市観光協会 https://yurihonjo-kanko.jp/yrdb/hureainoujou/

※詳しくはホームページをご確認ください。

(上記は2023年4月時点の情報です)