ロッケン的デザインスコープ 「べっぴんの湯」篇

2023.03.10

温泉のデザイン ~久慈で心の芯までポカポカになる温泉について考えてみた~

山あいにひっそりと佇む静寂の湯は、秘湯 と呼んでもいい雰囲気

◎口実

クリエイターとして東北中の様々なお得意先のご要望に応えてきた(つもりである)。よって、日々の撮影や取材、プレゼンや打合せで、東北の隅々にまで行った気になっている。特にロケで見知らぬ土地に行くときは事前に入念にチェックする。季節、天気、時間、太陽の傾き、湿度は、撮影の仕上がりに影響するからだ。でもそれは同時にロケ前後のお楽しみ活動のチェックにも及んでしまう。その項目のひとつに欠かせないのが「温泉」だ。おかげさまで東北のあちこち100をこえる温泉を体験しているが、私は泉質や効果・効能にこだわるタイプというよりも、入浴中と後の「幸福感」の質や量にこだわっている。つまりいたって一般的な温泉好きなだけである。日本は世界の中でも温泉愛好家が多いことで知られているが、さまざまな視点から専門的に研究をされている先生や評論家も多い。そのような科学的な分析は彼らにおまかせするとして、今回はロッケン的なデザイン視点で「温泉のデザイン」ついて語ってみたい。

◎改めて温泉大国

「温泉のデザイン」と聞くと、温泉地や施設のエクステリアやインテリア、ロゴデザインやアメニティグッズ、タオルのデザイン、創造的なお料理やホスピタリティの見解だと予想される方がほとんどだろう。もちろんクリエイターだからそこには意見がある。しかしながらロッケンが優先したいのは、目的を達成するためのプロセスを指すデザイン。今回の場合、人が温泉に入って幸福感という目的を達成するプロセスにもっと可能性があるのではないかを探ることにある。

日本には2,934(※1)もの温泉地数(宿泊施設がある場所)があり、東北だけで585、さらに温泉利用の公衆浴場数だと日本全体で7,868、東北だけで1093もある。資源の有効利用として地熱発電やビニールハウス、低温殺菌などに活かされているケースを知っているが、こんなにあるのだから、立ち戻ってもっと人の幸福感を向上するためにできることはないか。その可能性に期待せずにはいられない温泉が、北限の海女として有名な岩手県久慈市にあるのです。

◎新データに遭遇

そこは市内から山あいに向かって約18㌔に位置する「新山根温泉べっぴんの湯」。いまから15年前、ある通信会社の撮影で初めて伺った温泉。こんな山間部のエリアでも電波が安心してつながることを伝えるプロモーションの仕事だった。撮影終了後、いつも通り「よしっ!ひとっ風呂浴びるぞ」の私のかけ声とともに撮影クルー全員で入浴です。今日撮れた美しい画を1カットずつ思い返しながら、その湯舟に入った瞬間!!衝撃が走ったのです。

「なにこれっ!」無色透明でヌルヌルが半端ないのです。これまで白濁、泥に近い茶褐色系の濃厚スープ、沿岸エリアによくある無色透明で爽やか系のさっぱり塩スープ、他にもいろんなスープに入浴してきたためか、勝手に温泉のタイプがグループ分けされていて、東北で無色透明のお湯といえば、キュキュっとしていてキレ味を感じるお湯がほとんど。トロトロはあったけどヌルヌルは初体験。ビジュアルと感覚がずれてしまって、私のそれまでのデータをはるかに裏切ったのです。キャッチコピーをつけるとしたら「あったかい保湿液のような温泉。」「しみ込んでしみ込んで。私の全身が美しくなってゆく。」(念のために言っておきますが、科学的根拠を検証したわけではなく、あくまで個人的な感覚・印象の話です)なんていう表現がぴったり。湯舟から上がって歩くときには転ばないように注意が必要なほどです。まさに「べっぴんの湯」というネーミングがドンピシャの納得なのです。

2022年4月にリニューアルオープンした浴場は、清潔で快適

天井が高くて開放的

ヌルヌルが伝わるかな?

新しい木が香り立つ90度のサウナ

◎ネーミングのひみつ

その後、ずっと忘れられず、今回のテーマで真っ先に「新山根温泉べっぴんの湯」を挙げたわけです。久慈市商工観光課 大粒来(おおつぶらい)さんと、大内田(おおうちだ)さんにお話しを伺いました。先ずこのネーミングの由来がちょっと興味深い。平成3年(1991年)の夏、日本を代表する俳優の森繁久彌(もりしげひさや)さんが、モーターヨットで日本一周をしている最中に悪天候に見舞われ久慈に寄港したらしいのです。そして山根地区にある「桂の水車」を訪れることになり、地元のお母さんたちによる伝統料理のもてなしにいたく感激されたとのこと。森繁さんはおもむろに筆をとり、この地を「別嬪村」(べっぴんむら)だと命名したらしいのです。それ以降地元ではこの言葉を大切にしていくことを誓い、平成7年(1995年)に新山根温泉開業を迎えたとき、当時の市長がお湯の特徴とかけ合わせて「べっぴんの湯」とネーミングしたらしいのです。

何とも素敵な誕生秘話ではないですか。ここの源泉は石灰質の地層をくぐった地下深層水で、 pH値10.7の東北一を誇る強アルカリ性単純温泉。古い角質層の新陳代謝を促進し、くすみの解消など特に肌がすべすべになる美肌効果を期待できることが特徴。つまりクレンジング効果で汚れや油分を落としてくれるお湯で、入浴後の保湿ケアが肝心とのことでした。ここを訪れるお客様は近隣の方が中心ですが、遠くは鹿児島や大阪からのリピーターもいるらしく、おそらくこのファンは私と同じべっぴん中毒者。あのお湯にどっぷり浸かりたくてたまらない人たちでしょう。2023年4月には新たに宿泊施設もオープン予定で、地元を知り尽くしたシェフがお料理をふるまうとのこと。ますますこれからが楽しみだ。

源泉16.5度の超贅沢な水風呂はゼッタイに入るべし。 ヌルヌルが毛穴からどんどん侵入してくる。

露天風呂は4人で満席。このサイズは自ずと会話が弾んでしまう

◎デザインがひろがっていく

東北の温泉というと、野趣あふれるダイナミックな景色広がる露天風呂や、地元産の木材を使った時代が浸みこんでいるレトロな湯舟などをイメージするし、観光客にも人気が高いだろう。その中で「新山根温泉べっぴんの湯」は稀有な存在なのだ。取材を進めると周辺には「内間木洞」(うちまぎどう)という鍾乳洞や、隣町には日本三大鍾乳洞の一つ「龍泉洞」(りゅせんどう)もあって何かと地下水と関係がある。そして何と「べっぴんの湯」周辺に 「山根名水四十八泉」なるものを発見した。確認していくと「長寿の泉」 「化粧の泉」「若返りの泉」といった「べっぴん」と相性の良さそうな泉があるではないか。

飲料水としての可能性はチェックが必要だが、たとえば新しい宿泊施設のお料理に「長寿の泉」で煮た地元素材のラタトゥイユやカレーとか、「化粧の泉」を使った水晶フルーツゼリーのスウィーツなどを提供されたら話題になるかもしれない。この泉の水を凍らせて「若返りの泉」なんて名前のかき氷を売り出したら、そのネーミングだけでわざわざ遠隔地から求めにくるはずだ。郷土料理の「まめぶ汁」の素材である「まめぶ」を小さく加工し、砕かれた氷のあちこちに散らしたうえで、上質な黒蜜を垂らし、平庭高原のソフトクリームをトッピングしたかき氷なんて想像しただけでワクワクしてくる。

また久慈市は修学旅行、研修ツアー、インバウンドの誘致にも積極的らしく、ドイツの「気候療法」という自然の恵みを利用した治療・予防医学プログラムを取り入れたヘルスツーリズムとして「侍浜(さむらいはま)タラソテラピーウォーク」や「平庭(ひらにわ)白樺美林ウォーク」などの体験メニューも充実している。私の頭の中は回転数を増す。お隣の野田村を起点とした「塩の道」という歴史的なルートがある。江戸時代、地下海水を汲み上げて「直煮製塩」で作られた天然塩を、盛岡をはじめ、雫石や花巻まで運送していたそのルートの一部になっている久慈市では「塩の道ウォーキング」というメニューもあるらしい。

こうして久慈とべっぴんの湯への理解が深まっていくにつれて、ぼんやりとあることに気づき始めた。これまでに登場したキーワードを並べてみよう。「べっぴんの湯」「名水」「北限の海女」「塩の道」「ヌルヌルの温泉にはまっている中年(私)のおじさん」。そう!ここには『水』を中心とした健康と美容、ウェルビーイングという肉体的、精神的にも幸福で満たされた状態を可能にする素材が集まっているのだ。

これを生活者の価値に置き換えてみると「からだの水分を入れかえて、久慈で新しい自分になろう。」というキャッチコピーが成立しないだろうか。ウォーキング、トレッキングで汗をかき、べっぴんの湯でさっぱりし、塩エステでデトックス、きれいな水から生まれた地物の食材を美味しくいただき、もちろん1日じゅう名水ボトルをたくさん飲む。これを数日間コースでメニュー化するというのはどうだろうか。もちろん事前調査を検証した上で進めることが条件だ。世の中にはエコツーリズム、グリーンツーリズム、メディカルツーリズム、ビューティツーリズム、ロケツーリズムなどの明確なコンセプトをもつ観光スタイル、ニューツーリズム商品で溢れている。久慈は「オールNEWじぶんツーリズム」とか、 「よみがえれ!わたしツーリズム」 など、「じぶんリセットツーリズム」というアップデートしたジャンルで世界中から注目を集めるのだ。

「山根名水四十八泉」は美しい水の宝庫だ

入浴行動の前後左右に地域のファクトと、生活者が求めて止まない欲望を箇条書きに並べ、ていねいに組み合わせてみることで、温泉にはデザインする余地がまだまだあることがわかる。ちょっとだけ視点をずらしながらそこを掘り当てれば、温泉がもたらす幸福感の質と量は格段に満足度がアップするにちがいない。

ロッケンは、「東北をもっとおもしろくする」活動をひろげています。もちろん今回のテーマである温泉の魅力や価値についても、再発見をしながら盛り上げていきたいと考えています。どなたかこんな野望をいっしょに取り組んでくれる方はいらっしゃいませんか?

                               東北6県研究所 研究員 岡本有弘

参考データ

※1 環境省「令和2年度温泉利用状況」(令和3年3月末現在)

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◎新山根温泉べっぴんの湯

https://www.beppinnoyu.net/

◎取材協力

  • 久慈市 産業経済部 商工観光課 観光物産係 観光物産係長 大粒来嘉将様/主査 大内田泰之様(2023年2月時点の情報です)