ロッケン的デザインスコープ 「仙臺四郎」篇

2023.02.07

一般的に意匠や審美性として語られる「デザイン」。しかし、デザインの本質は「人間をまん中に、より良い方向に導くための一連のプロセス」にあると思うんです。つまりデザインは「少し改善した方がよいかも」「こんな切り口もありえる」というように、試行錯誤を繰り返し、社会や生活を良い方向に推進するエンジンともいえます。

そこでロッケンは、東北の様々なモノ・コト・トキをデザインの視点で再評価。素晴らしいデザインは「素晴らしい理由」や「より注目されるための話」を、「惜しい!何とかしたい!」というデザインには「輝くための具体的なアイデア」を考えて、東北のおもしろさに磨きをかけたいと考えました。

担当は、東北を知り尽くした、東北を代表するクリエイティブディレクター岡本研究員。ここでしか読むことのできないプレミアムなコラムとして月イチで発信していきます。

 

ロッケン的デザインスコープ 「仙臺四郎」篇

神さまとデザイン       ~商売繁盛を仙台から考えてみた~

◎初対面

仙台に赴任したばかりの今から26年前、年季が入った中華店であの不思議な風貌の仙臺四郎と初対面した。色褪せたレトロな写真がきちんと額装されて収まっているのだが、長年の食用油が飛び散っているせいで微妙に薄汚れている。何とも不気味で陰キャラというイメージだった。後日先輩から実在した人神様であり商売繁盛の福の神であることを聞いて驚いたのだ。そして市内あちこちのお店で、おびただしい数の肖像写真や版画タイプ、イラストタッチの彼と遭遇することになった。それでも私はあまり好きにはなれず彼の印象はずっといいものではなかった。

仙臺四郎さんオリジナル肖像写真 飲食店ではよくレプリカが壁にかけられている

◎駆け巡る 

彼の存在を感じながらもまったく気にしないまま過ごしてきた昨年(2022年)、おもしろい出来事があった。それは出張先の金沢で、同僚が連れていってくれた居酒屋でのことである。そこはカウンターだけの15名程度の馴染み客でひしめく細長い店だった。その視線の先に何と仙臺四郎が神棚のようなセットに鎮座しているではないか。席に着くなり早速親方に質問してみると、「商売繁盛の神さまとして超有名じゃないですか!お店を開店する時に真っ先に通販で購入したんですよ。」「ウチに来るお客さんは決まってね、親方のおじいちゃん?って聞かれるですよ。ハッハッハッこの通りツルッパゲなもんで!」と仰るので、私はつい噴き出してしまった。確かに厳つくやばめな雰囲気は、ご先祖様と言われても妙に説得力があったのだ。さらに聞けば、親方は楽しいお客さんとの出会いと自分の幸せを願って毎日きちんと手を合わせていると答えた。確かに仙臺四郎は明治時代から現在に至るまで、各時代でブームが巻き起こってきたことを考えると、全国隅々にまで知れ渡っている存在かもしれない。大袈裟に言えば仙台発祥の人神様は日本中で商売を営んでいる人たちの願いに寄り添ってきた、祈りのデザインを広めた人でもあるということか。仙台由来の神さまを、しかもこんなに離れた金沢で大切に想ってくれている。この事実に感動した私の頭の中は仙臺四郎が駆け巡っていた。仕事の打合せはそっちのけで、もう少しこの薄気味悪いビジュアルを何とかすればとか、もっと全国区で浸透するためにはどんなPRが理想だろうかとか、めちゃくちゃ色んなアイデアが湧いてきて猛烈なスピードで頭の中の回路がつながっていくのだ。

金沢の居酒屋の親方 山本さん 四郎さんがおじいちゃんだと勘違いされても納得

金沢の居酒屋で大切に祀られていた仙臺四郎 地域を越えて商売繁盛の神さまに

 

◎二度目の初対面 

仙台に戻った私は、早速市内のクリスロード商店街の中心あたり、仙臺四郎を祀っている三瀧山不動院(みたきさんふどういん)を訪ねた。この場所は会社から近いこともあって、以前からよくプレゼン必勝祈願に訪れていたお不動さまである。それまではぼんやりと仙臺四郎が安置されていることは知っていたものの、仲見世の先、正面上段の本堂にいらっしゃるものと勝手に思い込んでいた。ところがである。さらに正面の階段を上って左手、等身大の信楽焼の仙臺四郎さんが笑って迎え入れてくれるじゃないですか! 本当にお恥ずかしい話、ここにいらっしゃるなんて初めて知ったのである。そのショックを抱えながら、お賽銭を納め手を合わせる。そして頭と耳たぶと膝を撫でてみた。するとどうしたことか、キモイなんて思っていてごめんとか、ここにいることを知らなくて後悔している等とつぶやきながら、愛情がどんどん増していくのである。昔大嫌いだった同級生が本当は素晴らしい奴であることを知って、その後親友になるあの感覚だ。同時にこの仙台を代表するコンテンツをもっと有名にしなければという使命感に燃えてきたのである。

クリスロード商店街の連続するお店とお店の間にある三瀧山不動院 ここが入り口

仲見世では四郎グッズを販売している

階段を上ると正面奥が本堂、 左手が仙臺四郎さんという不思議な配置

 

◎救世主登場

居ても立っても居られず、副住職加藤隆俊(かとうりゅうしゅん)様にお話しを伺うことにした。八幡弥勒院(はちまんみろくいん)の副住職でありここ三瀧山不動院も兼務しているとの話。そもそも仙臺四郎さんをお祀りすることになった背景は、今から約45年前の1977年頃に仙台駅が新駅舎開業のタイミングで、ぺデストリアンデッキ(歩行者の通行専用高架建築物)の建設が決まったことに端を発したらしいのです。当時その駅前に四郎さんの石碑があってこれをどうしたものかという議論が巻き起こっていた。そこでみんなに慕われた四郎さんを街の中で愛される寺をめざしている私のところでお祀りましょうと、副住職のお父様が手を上げたのです。そしてあの等身大の信楽焼は、愛されキャラをイメージしてお父様が注文されたものらしいのです。

お話を伺った副住職の加藤さん。何となく似ていなくもない(失礼)

このお話しを伺って、正面上段には三瀧山不動尊という仏様が鎮座し、その脇に信楽焼の四郎さんが鎮座している不思議な配置に納得した。つまり予定になかった追加が発生したことに起因するというわけだ。最後に副住職ご自身に四郎さんのご利益なんてあったのかと下世話な質問をしてみた。するとボロボロになりかけていたこの寺を、四郎さんを参拝に来てくださる方たちのおかげで、何とか継続できていることが最大のご利益ですと返ってきた。宝くじが当たりました!とか、株で儲かりました!とか、そんな答えを期待していた恥ずかしい自分を反省しながらその場を後にした。

どうです?愛嬌があってかわいいでしょ 昔の人はこの笑顔に魅了されたのかも

信楽焼の四郎さん。頭と耳たぶと膝を撫でたくなる気持ち。 わかっていただけます?

◎デザインがひろがっていく

神さまのしかも実在した人神様の写真ビジュアル・デザインに手を加えるなんて、不謹慎だと思われる方がいらっしゃるかもしれない。でも当時から慕われ続け大切にされてきた事実を知るほど、あったかい四郎さんイメージからはあまりにも程遠い写真ビジュアルだと感じてしまうのだ。私は先ずこれを何とか『愛される神さま』にデザイン修正してみたい。もっとふくよかでにこやかに、お馴染みのドテラに縞の半天もきれいにして親近感MAXの状態にしたいのである。当然グッズだって全面改良したい。手を合わせることはもちろんだが、愛情が深まっていくように撫でるという祈る行為を広めていきたい。豊臣秀吉公が生涯肌身離さず大切にしていた小さな仏像、三面大黒天をご存知だろうか。自身が命運をかけた願掛けをするためのもので、もともとは金色であったが秀吉公が撫ですぎて黒くなってしまったという撫で仏である。この四郎さんバージョンがイメージ、新ビジュアルベースのフィギュア製作はマストである。また四郎さんはもらいものを入れる大きな袋を首にかけていたことから、飲食店の仕入れにも使える頑丈な大きなトートバッグもつくろう。機能性を追求すれば、今ならキャンプでも重宝されるだろう。飲食店のロゴ入りオリジナル暖簾なんかもいい。隅っこに落款のように四郎さんをレイアウトしよう。さらに副住職にご祈祷いただき繁盛を期待される状態で販売する。年に1回「暖簾お炊き上げ祭」なんかやっちゃって、毎年買い替えていただこう。

こうなってくると例年11月28日前後の1週間は、全国から商売繁盛を願うお客様を迎え入れるために「仙臺四郎生誕祭」の開催が絶対に必要だ。この1週間は商店街全店で特別メニューをつくってもらおう。仲見世ではこの時期にしか入手できない「商売繁盛四郎熊手」の販売はもちろん、他店では「四郎のひざ大福」とか「四郎のモーニングセット」とか「四郎縞のスエットシャツ」の類だ。そして四郎さんは特に客商売の遊郭や料亭、芸奴屋、旅館などから大もてだったとの言い伝えもある。特に女性には大人気だったらしい。であるならば商売繁盛のご利益だけにとどめておくのはもったいない。ユーチューバー、芸能人、アイドル、音楽アーティスト、人気にあやかりたいと願っている人たちが必ず参拝する仕組みも考えておこう。さらに仙台を代表する音楽イベント「ジャズフェス」との2大音楽フェスとして「シロ―FES」も市民広場で開催しよう。世界中に商売をしている人は星の数ほどいる。いっそグローバルを狙って海外タレント招致にもチャレンジしよう。そうなってくると「シロ―FESツアー」の旅行商品の開発も必要になってくる。東北のインバウンド増に一役買ってもらう計算だ。さぁ仕上げは「四郎寺建立プロジェクト」。まず場所としては三瀧山不動院のとなりに建てたいのだ。よって勝手ながら失礼を承知で、となりのお店にはお引越しのお願いをしてみよう。ここを訪れたら、真っ先に三瀧山不動尊、現在お護りいただいている副住職の加藤様、仙臺四郎の石碑を救ってくれた副住職のお父様に感謝の参拝をしていただき、次に仙臺四郎を参拝してほしいのだ。これがこの場のお祈りの仁義というか筋のような気がしてならないからだ。

いささか熱くなってしまったようだが、江戸時代からの商慣習として国からも認められている旧仙台藩時代の伝統行事「仙台初売り」という文化があります。 (豪華な景品や特典を付ける販売方法は、景品表示法に抵触し不当廉売の可能性がある。しかし公正取引委員会は特例として3日間以内で認めている)当然イメージキャラクターとして仙臺四郎さんがこの時期登場するのですが、一瞬すぎてもったいない。初売りが文化という地は、商売繁盛の聖地であるともっと大声で謳うべきだって思うのです。この強力なコンテンツは視点を模索しながらデザインの力で唯一無二の存在に成長し、仙台からコロナでたいへんな全国の商売人たちの幸せをデザインすることにもつながっていけるはず。

私たちロッケンは、「東北をもっとおもしろくする」活動をひろげています。どなたかこんな野望をいっしょに取り組んでくれる方はいらっしゃいませんか?

東北6県研究所 研究員 岡本有弘

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◎福の神 仙台四郎

江戸時代末期から明治35年頃、「四郎馬鹿(シロバカ)」と呼ばれながらも、ニコニコと楽しそうに町を歩き回る男がいました。彼は知的障害のためほとんど話せなかったのですが、純粋な心と笑顔でみんなの人気者だったとのこと。彼がふらりと立ち寄る店は必ず繁盛し、彼が抱く子供は丈夫に育つと言われたそうです。この実在した人物は、160年経った今でも商売繁盛・福をもたらす神として仙台の街を見守ってくれています。(参考:三瀧山不動院パンフレット)

◎取材協力

  • 「三瀧山不動院 」副住職加藤隆俊様 仙台市青葉区中央二丁目5-7(クリスロード商店街) TEL022-221-3056
  • 創作料理出逢い茶屋「ほのじ」山本健一様 金沢市十三間町83-1 TEL076-263-7347

※このコラムは副住職加藤隆俊様の取材をもとに書いたものです。「仙臺四郎」には諸説も多く実際の史実と異なる場合があります。