ロッケン的デザインスコープ「建築意図のデザイン」篇

2023.10.11

八甲田ホテルで、建築の思考デザインについて考えてみた

◎まんまとハマってしまった!

■ 尾根に沿って美しく配置された八甲田ホテル 
どんな建築家でも最初に周辺景観とのマッチングに相当悩むはずだ。ここはあたかも最初から存在していた建築にしか思えない。(写真:八甲田ホテル)

東北では周囲の風景に見事に溶け込んだ建築デザインを数多く見ることができる。その中でも私の特筆すべき場所が八甲田ホテル。十和田八幡平国立公園の八甲田連峰、ブナの原生林の中に佇み、新緑、紅葉、深雪、雲海、どんな季節であろうとも静寂の森にしっくり馴染んでいる。標高900mに建つ日本最大級のログハウス風木造建築で開業は1991年5月。クラシックな雰囲気を醸し出しているのに、意外と新しいことに驚く。著名人にも人気のホテルで全国からリピーターが訪れる宿だ。カナダ産レッドシダーの太い丸太に包まれるような安心感なのか、優しい光が降り注ぐアンバーな照明のせいか、荒々しい線が折り重なっていく「棟方志功」(むなかたしこう/※1)展示作品の温もりなのか、内部はなぜかこの上なく落ち着く空間になっている。作り手であるクリエイターの建築意図・策略にまんまとハマっているのかもしれない。こんな素敵なホテルをつくろうと考えた人は、人間の心地よさとは、癒しとは、リフレッシュとは、そんな感覚に精通した「おもてなし」を発明する天才だと思う。さらに言えば、私たちロッケン研究員のフィロソフィーにも通じる「人間をまるごと観察する」達人ではないか。ならばこのホテルをつくろうと思ったきっかけから完成するまでのプロセス(思考のデザイン)に、人間社会の課題を良い方向に導いてくれるヒントがあるかもしれないと感じ、話を伺うことにした。

■ 入口のホテルサイン
たくさんの立方体が積み上がったような彫刻に見えるサイン。
乱反射する太陽光が美しい。

◎ミッション!あずましいホテルをつくれ

幸運にも張本人、当時取締役の對馬忠雄(つしまただお)さん、現在支配人の木村柾弘(きむらまさひろ)さんお二人から貴重なお話を伺えた。ホテルづくりは、1987年、故大原公一郎社長(酸ヶ湯温泉株式会社の4代目社長/千人風呂で有名な酸ヶ湯温泉と八甲田ホテルは同じ会社が経営)が、小学校からの同級生對馬さんを新しいホテルづくりに誘うことからはじまる。学生時代から日本中、多くの海外に旅行している對馬さんは、様々な一流のサービスを体験しており、大原社長はその知見に基づいた見識に期待していたのであろう。青森市内で宇治茶専門店を営んでいた對馬さんは、最初はお断りしていたが、熱烈なスカウトが続き、最後は奥様に背中を押される形で引き受けることとなった。こうして二人三脚でホテルづくりがスタートする。大原社長から伝えられたミッションは3つ。1つ目は、「酸ヶ湯温泉は国民保養温泉地第1号として1954年から開業しているが、昔ながらの和室、寝食を床で過ごす純和風旅館。日本人の生活様式が変化している今、洋風のホテル形式をここ八甲田で新たにつくりたい。」 2つ目は、「このエリアは国立公園。管轄する国側からは『かつてからここにあったかのような建築なら』が条件だ。どんな建築デザインであればクリアできるのか、徹底的に追求していきたい。」 そして3つ目。「私が小学6年生の時、ある登山パーティが遭難する事件があった。このエリアに熟知している私も捜索活動に参加したが、私自身が遭難してしまう2次遭難という辛い出来事があった。1902年、199名もの犠牲者を出してしまった未曾有の山岳遭難事件『八甲田雪中行軍遭難事件』(※2)という悲惨な歴史を含めて、恐ろしいというイメージを払拭し、親しみやすい新しいイメージに塗り替えたい。あったかいホテルをつくりたいのだ。」

■ 對馬さん78歳、ホテルを故大原社長と二人三脚でつくり上げた張本人。しっかりとした語り口調はクリエイティブディレクターそのものだった

對馬さんはこのミッションに心が震えたと当時を振り返る。単に新しいホテルをつくるだけではない、八甲田の未来イメージをつくっていく、そのとてつもなく大きな目標の使命感に燃えたのだと話してくれた。お客様から「あずましい」(津軽弁で心地よい、気持ちよいという意味)と感じてもらえるホテルづくりなら、自分は貢献できる! 全身に自信がみなぎったそうだ。

■ ホテルエントランスにあるランプ 
バンクーバーの骨董屋で発見した時、この灯りなら一年中どんな気象状況でもお客様の目印になると即買いしたらしい。
因みにニューヨークのマンハッタンにある高級ホテル「ウォルドルフ・アストリア」に使用されていたアンティークのガス燈。(写真:八甲田ホテル)

■ ロビー周辺の「棟方志功」作品の連続 
11点の展示は内装とマッチングしていて、美術館の一部のようだ。(写真右:八甲田ホテル)

その後、二人で太い丸太を探して北欧・スカンジナビアやカナダまで直接買い付けに訪れ、その木材の総量が2000立米(りゅうべ/1立米=1立方メートル)にもなった話や、その際に惚れ込んだ現地のログビルダー3名を招聘した話。建物が7mの積雪に耐えるために60㎝角の柱を準備した話。9000名もの大工さんが携わった話。火事を起こさないために、燃えない木材を開発したり、暖房は温泉熱を利用した床暖房にこだわった話。柱と横架材の接合部に金物を使用しない伝統的な大工技術、かんざし工法(早川式かんざし工法)を採用している話。担当した早川正夫建築設計事務所の岩橋社長からは、屋根に雪がたまらないようにどの角度がふさわしいのか、年間を通じて風のデータを取得・研究をしたエピソードなど、ひとつひとつにドラマが詰まっている。例えば燃えない木材はサスティナブルだし、森林の代謝サイクルが適切なペースで保たれれば、長期的なCO2削減にも期待できる。温泉熱を利用する床暖房システムが広まれば、ヒートショック問題の解決策のひとつになるかもしれない。ホテル完成までのプロセスに発生した、30年以上前の難題・課題は、きっと現在の不燃木材や自然エネルギー再利用の研究開発にもつながっているはずだ。つまり課題の発見力にも先見の明があったといえないだろうか。

■ バーラウンジ プラット 
こんなバーに腰を下ろしたら、時間なんてすぐに忘れてしまう。(写真:八甲田ホテル)

■ レストラン上部のほぞさし
洋風ログ建築の中に、伝統的な大工技術を進化させた「早川式かんざし工法」が採用されている。意匠としても素晴らしい。

■ 木のシャンデリアが美しいレストラン「メド―」 
名付け親は對馬さんで、アイデアは方言の「うめぇど」(美味しいぞ)らしい。

◎思考のデザインを学んでいこう。

広告のクリエイターとして、企業セミナーや行政の勉強会、就活向けの会社紹介といった場で講師を務める機会も多い。自身が手がけたデザインやCM作品などを紹介するような時間帯が必ずあって、制作意図を伝える場面になると、皆さん身を乗り出してくる。そう、人は制作意図に興味津々なのだと思う。それは参考になる人間観察の視点や作り手のエネルギーを摂取しようとする無意識の行動だと推察する。私自身も他のクリエイターの制作意図は大好物だ。なかでも建築意図は、オーナーや建築家が本気で人間と向き合っている。八甲田ホテルは、そのゴールとして「クラッシック技法×モダンデザイン×地域(八甲田の新しいイメージ)」という、THE青森と呼ぶのにふさわしい建築デザインを完成させた。ここ以外にも素晴らしい東北の建築物には、それぞれ意図や視点があるはずだ。もしかしたらそういった中に、東北が抱える課題を前進させるきっかけやヒントが隠されているかもしれない。今回の取材を終えて、とても不変的なことに気付かされた。故大原社長も對馬さんも、何ひとつ妥協していないし、諦めていない。全ての判断を人任せにしていない。今回のコラムは私の妄想は控えめで、自己啓発的な提言となってしまったが、作り手にはこの頑固さの先にゴールがあることを、改めて皆さんと共有したい。ロッケンは、「東北をもっとおもしろくする」活動をひろげています。東北の隠れた魅力や価値の創造についても、再発見をしながら盛り上げていきたいのです。どなたかこんな野望をいっしょに取り組んでみませんか?

東北6県研究所 研究員 岡本有弘

■ 青森の旬の食材にこだわりながらフランス料理の技法で創作した「八甲田キュイジーヌ」と、「八甲田伏流水」を使用している和食会席。食材は開業時から地産地消を貫いている。(写真:八甲田ホテル)

■ 無色透明の源泉かけ流しは格別。手つかずのブナ林を眺めていると、自分が自然の中に溶けていくようだ。(写真:八甲田ホテル)

■ 開業1年前の1990年6月、これからのお客様向けに郵送されたDM。
「自然には抱かれるしかない。」というキャッチコピーの意味は深く、心をつかまれる。

※1 1903-1975 昭和時代の版画家。
明治36年9月5日生まれ。油絵を独学し,大正13年上京。平塚運一を知って木版画に転じ,昭和11年国画会展の「大和し美(うるわ)し版画巻」で柳宗悦(むねよし)らに注目された。13年新文展で「善知鳥(うとう)」が特選、31年ベネチア-ビエンナーレで「柳緑花紅頌」などが国際版画大賞。自らは版画を板画と称した。45年文化勲章。昭和50年9月13日死去。72歳。青森県出身。自伝に「板極道」。(出典:コトバンク/講談社「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」)

※2 1902年(明治35)1月,雪中行軍中の兵士多数が八甲田山麓で遭難した事件。青森の歩兵第5連隊第2大隊のうち1個中隊が,積雪期の青森市から三本木平野に至る路を調査するため,同年1月23日早朝,八甲田山麓の田代まで20余kmの1泊行軍に出発した。午後から猛吹雪となり,一行は道に迷い行方不明となった。捜索隊も激しい風雪に妨げられて行動できず,29日にようやく遭難現場に到着し救援活動を始めたが,一行210人のうち大隊長山口鋠少佐以下199人が死亡するという大惨事となった。この事件をきっかけに陸軍の防寒防雪装備と訓練の強化が強く叫ばれた。(出典:コトバンク/山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」)__________________________________________________________________________________________

◎取材撮影、写真協力

  • Hakkoda Hotel 八甲田ホテル 支配人 木村柾弘様 片岡千鶴様

青森市大字荒川字南荒川山1-1 TEL : 017-728-2000 /FAX : 017-728-1800

https://www.hakkodahotel.co.jp/  ※詳しくは公式ホームページをご確認ください。

  • 對馬忠雄様(元八甲田ホテル取締役) 宇治茶専門店 つしま・清香園

TEL : 017-734-1746 /FAX : 017-734-1717

(現青森県カーリング協会 名誉会長/青森観光コンベンション協会 相談役/青森ねぶた祭保存会 委員)

  • 株式会社 早川正夫建築設計事務所 代表取締役 岩橋幸治様

TEL : 03-6240-0367 /FAX : 03-6240-0368      http://www14.plala.or.jp/masao-hayakawa/

◎近隣の観光お問合せ先

◆青森市観光交流情報センター(JR青森駅正面) 青森市新町1丁目1-25

TEL : 017-723-4670 営業時間:8時30分~19時(年中無休/ 12月31日、1月1日は午後5時まで)

◆青森市観光情報サイト「あおもり案内名人」

https://www.atca.info/  ※詳しくはホームページをご確認ください。

(上記は2023年9月時点の情報です)