ロッケン的デザインスコープ「モチベーションのデザイン」篇
2024.06.13
磐梯山の麓で、働きがいについて考えてみた
◎ 大活躍の相棒
私にとって初めての一眼レフカメラは、34年前にアメリカ帰りの父からお土産として与えられたものだった。「いまアメリカでは、フィルムカメラのなかでこの組み合わせが一番きれいな写真に仕上がると評判なんだ。」という父のメッセージもよく覚えている。組み合わせとは、日本製カメラのボディに、他メーカーの交換式レンズが付いている状態のことだ。レンズには「SIGMA(シグマ)」という聞いたことのないブランド名が刻印されており、日本製と教えてもらったが、きちんと調べもせずに使いはじめていた。このカメラのズーム機能は、ピントを合わせると小気味よい音とともに、レンズが素早く反応してその画角の詳細を伝えてくれる。使っていてとても気持ちのよいカメラで、父が話していたようにプリントをすると確かに今までのものよりも格段に美しかった。私はすっかり気に入ってしまいロケハン(本番撮影前の下見)では12年に渡って相棒として大活躍してくれた。当時の私が関わったクリエイティブ作品は、このカメラが全ての始まりといっても過言ではなかった。やがてデジタルカメラの時代に突入し、買い替えのために訪れたショップで、お恥ずかしい話「SIGMA」がメイド・イン・会津のレンズだということを初めて知った。その後、業界誌などに載っている「SIGMA」の記事が目に留まるようになり、勝手に企業研究のようなことを続けてきた。
東北にも世界の市場で評価される企業は数多く存在する。なかでも私がどうしても自慢したくてたまらないのが、この株式会社SIGMA・会津工場だ。磐梯山の麓で50年以上も前から稼働している総合光学機器メーカーが今回の舞台。いまレンズと聞けば、ケータイなどのデジタルデバイス、産業用ロボット、医療機器、ドローン、ドライブレコーダーや防犯、防災用など、この辺りがビジネスの主流というイメージがあるかもしれない。でもSIGMAは、純粋にデジタルカメラ用交換レンズ、デジタルカメラ、アクセサリーなどの光学機器の開発・製造・販売で、自社ブランドを貫いている。日本以外にもグローバルに8つの拠点をもち、約70の国と地域に販売網を展開。世界中のプロ、アマチュア、写真愛好家の心をくすぐり続けているのだ。その全製品を高い内製率で、独立系レンズメーカーとしては世界最大級のここ会津工場でつくっているという。なぜ会津だったのか、どうやって世界中の写真家から愛されるモノづくりを続けているのだろうか。そのプロセスに東北の課題を良い方向に導いてくれるヒントがあるかもしれないと感じ、お話を伺うことにした。
◎機械好きたちが、光学道を切り拓いていく
生産技術部という部署で、光学性能を設計値に近づける作業やパーツ精度向上に向けた作業をしている吉田さん。学生時代から写真の楽しさに魅了されて入社したプロフェッショナルエンジニアだ。同じ部署の加藤さんは、四駆自動車の走行シーン限定というマニアックな写真好きからこの世界にのめり込んでしまった若手のホープだ。「私たちは、製品工程のすべてに関わるために広い知識が求められるんです。量産体制に入るためには、開発や試作、あらゆる部署と本気で意見をぶつけ合います。」と教えてくれた。
またここはメカニックのるつぼ。工場内の機械、ロボットなどもほとんど自分たちで作ってしまうそうだ。それを可能にしているのは、役職や年代に関係ないコミュニケーションが当たり前で、風通しのよい企業文化だと教えてくれた。工場長の松本さんからは、「創業者は当初、長野に工場を作るという考えもあったようなのですが、当時、福島出身の従業員のすすめもあって、何の縁もない会津を訪れたのです。自然は豊かだし水もきれい、触れ合ってみると人間は実直で勤勉、忍耐力もある。会津人に惚れ込んでこの地に決めたのです。」と教えてくれた。皆さんに製品づくりのモットーを質問してみると「自分が欲しいモノをつくる」 「世界一にこだわる」 「他社が作らないユニークな商品をめざす」などの熱いワードが次々と飛び出した。確かに星景写真専用レンズ(天体を写すためのレンズ)や、仮に多少重くなってしまっても光学性能をより追求する「Art」というラインナップ、SIGMAの光学性能をギュッと詰め込んでボディの薄さの限界に挑戦し、こだわり抜いたコンパクトなデジタル一眼カメラなど、プロダクトに光学オタクの哲学が宿っている。
◎「やる気のデザイン」を拡げてみよう。
皆さんの話を伺っていると、「世の中を驚かせたい」とか「自分たちに作れないモノはない」という自信に満ち溢れている。工場にはその道の職人がたくさんいるからすぐに相談できて、次に進むべき道が拓けるから迷いがないのだ。クリエイターとして羨ましい職場環境であることはもちろん、東北人として誇りに思うし、何だか勇気が湧いてくる。利益の最大化を目的とせず、生き残るために国内会津工場の一貫生産体制を決断。よい製品づくりを徹底すれば優秀な人材が集まり、事業と雇用の継続を可能にできるはず。この創業以来のフィロソフィーは、現在従業員約1600名(会津工場のみ)、地元エリアからの採用が多く、新卒で採用し、入社3年目までの離職率ほぼなしという理想的な地域を代表する企業として輝いていることにも表れている。工場や機械、店舗で現れる目に見える数値より、働き手のスキルなど目に見えないものに投資する方が企業価値を高められる。そんな「人的資本経営」と呼ばれる潮流が今、欧米企業を中心に広まり、人への投資を加速させている。そして人口減が進む日本でも、企業価値に直結する源泉として、改めて注目されている。それを50年以上も前にSIGMAの創業者が、このビジョンを掲げていた事実には頭が下がる。近年は、管理職世代も積極的に家庭、育児に参加し、仕事との両立を実現していこうという「イクボス宣言」をしていたり、様々な部門から挙手によって集まった数十名が、女性活躍に関する課題や取組について考えるチーム「SIGnal(シグナル)」では、良いアイデアをすぐに経営層にプレゼンしているらしい。他にも理想的な会社になっていこうという社内プロジェクトがたくさん動いている。つまり従業員のモチベーションをデザイン(やる気を引き出すプロセス)する空気が自然に流れているとしか思えない工場なのだ。シャッターを切ることは、対象と向き合った時に、どう撮れば美しいのか、いまそこにある感情をどのように表現できるのか、その魅力を探る行為だと思う。ならば「光学」の解釈を拡げて、人に光をあてる聖地になってほしい。例えば、工場内で起こっている素晴らしいプロジェクトを編集し「東北人のモチベーション参考書」として、そのメソッドを体系化し、勝手ながらオープンにしてほしい。民間主導で会津エリアという地域が一丸となって工場を継続させるという取り組みは、東北のあちこちで参考にできるに違いない。
また、会津・磐梯エリアを世界中から訪れる光学の故郷にしたい。そのために「SIGMA森の光学部」を開校。自然を満喫しながらSIGMAレンズといっしょに風景写真のテクニックを教えてもらえるような、通年で滞在型の体験旅行メニューを産官学連携で充実させてほしい。取材を終えてあることに気づいた。ここは「SIGMA家の人たち」で、会津の大家族なのだと思った。何でも言い合いながら、たまには喧嘩もするけどすぐに仲直りをする。上司は部下を我が子のように育て、部下は上司に対して親のようなリスペクトを忘れない。そうやって家族として成長している積み重ねによって、目の前にいる仲間のモチベーションスイッチをいつ押せば伸びるのか、その勘が自然とみんなに備わっている。いわば連綿と続くこのシグマDNAによって、美しいプロダクトデザインは生みだされ、思想とデザインが完全にリンクしている。まさにブランディングのお手本のような会社なのだ。
ロッケンは、「東北をもっとおもしろくする」活動をひろげています。東北のマネジメント発想、隠れた魅力や価値の創造についても再発見をしながら盛り上げていきたいのです。この野望、どなたかご一緒しませんか?
東北6県研究所 研究員 岡本有弘
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■取材撮影ご協力先
- 株式会社 シグマ 経営企画本部 会津総務部 人事課 係長 成田典子様
取材に応じていただいた方 ● 取締役 会津工場長 松本伝寿様 ● 生産技術部 生産技術課 係長 吉田竜様 ● 生産技術部 生産技術課 加藤依里様
福島県耶麻郡磐梯町大字大谷字日知坂6549 TEL : 0242-73-2771(代表)
https://www.sigma-global.com ※詳しくは公式ホームページをご確認ください。
■ 近隣の観光お問合せ先
◆ 磐梯町観光協会(磐梯町商工観光課) 福島県耶麻郡磐梯町大字磐梯字中ノ橋1855 TEL : 0242-74-1214
https://kankou.aizubandai.jp/ ※詳しくはホームページをご確認ください。
◆ (一財)会津若松観光ビューロー(会津若松駅観光案内所)
福島県会津若松市駅前町1-1(会津若松駅内) 開館時間 : 9時~17時
(※手ぶらでまちなか観光の受付時間は、10時~14時までとなります)年中無休
TEL : 0242-23-8000 https://www.aizukanko.com/
※ 詳しくはホームページをご確認ください。
(上記は2024年3月時点の情報です)